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方広寺訪問記。

2013年5月29日、水曜日。
三十三間堂→養源院→法住寺→後白河天皇陵→智積院→新日吉神宮→妙法院→豊国神社と巡り、次に向かったのは方広寺です。


方広寺1枚目
鐘楼。
方広寺。
天台宗のお寺です。
かつては東大寺の大仏より大きな大仏が造立されていたため「大仏殿」という別称が。
まあ・・・その後色々とあったようで。

方広寺2枚目
梵鐘。
方広寺3枚目
天井図。
方広寺4枚目

方広寺5枚目
方広寺大仏殿遺物 九点 説明。
方広寺6枚目
この梵鐘には「国家安康」「君臣豊楽」と刻まれています。
方広寺7枚目
「国家安康」・・・家と康が離れている!なんと不吉で不敬な!
「君臣豊楽」・・・豊臣がこの国の君主だぞと言わんばかり!これは徳川への謀反の疑いあり!
「国家安康」で家と康が分かれ、さらに「君臣豊楽」の下には「子孫殷昌」と刻まれているので、
「国家安康 君臣豊楽 子孫殷昌」で、

家康公を亡き者にし、再び豊臣家が天下に返り咲くための呪いに違いない!
と徳川方が解釈・問題視し、これを口実に徐々に豊臣方を追い込んでいき・・・結局、大坂夏の陣で豊臣家は滅亡することに。

実際は「国家安康」も「君臣豊楽」も何も問題ないおめでたい言葉なんですが、そこを取り上げて問題視してきた所がまたなんとも。
家康はこの文章の存在に「これは・・・使える!(ニヤリ)」と思ったでしょうね(笑)。
改めて色々調べてみましたが・・・秀吉ならともかく、やはり秀頼と家康ではあまりに差がありすぎますね。
豊臣側にも優秀な配下は複数いましたが、家康のあの老練で巧みな戦略に対し秀頼&淀殿では・・・ね。
方広寺8枚目

方広寺9枚目

方広寺10枚目
ちなみに方広寺は豊国神社から歩いてすぐです。
方広寺を出る前後から雨が降り出し、徐々に強くなってきたのでここからホテルに帰ることに。
方広寺11枚目
鴨川。
「まるっ!」じゃない方の鴨川。
方広寺12枚目
雨が降らなかったらもっと色々と行きたい場所はあったんですが、結構ドシャ降りの雨だったので仕方なくホテルに帰ることに。

この日は、
三十三間堂→養源院→法住寺→後白河天皇陵→智積院→新日吉神宮→妙法院→豊国神社→方広寺というコースでした。

で・・・今回の旅行は4泊5日でもう一日あり、次の日も京都か奈良のどこかを巡ろうと思ったんですが・・・
どうしても外せない用事が出来まして・・・
朝一の新幹線で帰ることに。

・・・ほんと、よりによってどうしてこの日に・・・な用事でした。
そんなわけで今回の4泊5日の奈良&京都旅行(実質3泊4日みたいなもんですが)は大きなトラブルもなく終了です。
あ、

最後の用事がある意味、大きなトラブルか。

いつもの旅行なら一眼レフを持って行く所ですが、今回はRICOHのGRのみで旅を。
一眼レフに比べ大幅に荷物が少なく&軽く済みました。
いつもより軽快に・・・より多くの場所に行くことが出来たかなぁと。

まあ、これから遠出は全てGRのみになるわけではないですがね。
場面や状況に応じてPENTAX機と使い分けて使用していきたいと思っています。
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